「梨華ちゃん、ねえ、梨華ちゃん。僕は、酔っているよ。君に、酔っているのかな。酩酊だ。いや、泥酔だ。僕は酒を、呑みすぎた。君が、僕を無視するからだ」
「見えるかな? ジャーン。これ、これがね、付け爪、なんですね。いろいろあるんだけどね、その、曲によって作ってもらって、これは、これはシャボン玉のときに」
「あいやー、爪がいっぱいだね。しかし、それを僕に見せて、それで、僕は、何を言えばいいのですか。困るよ。あ、そう。みたいな。僕は正直、あっそう、しか言えぬのだ。嫌がれるのはわかっているさ。わかりすぎるくらいにね。わかっているけど、え、付け爪! すっげえ! 興味津々だよ! どれどれ、ヒャッホウ! なんて演技できたら、いいんだけどね。僕は、死のうかな」
「見えないよね、ここに来ればいいのか」
「りりり、りりっ、梨華ちゃん。ちっちち、近いよ。ちかい! ちかちかちかあああ! ちかち、かちかち山! 萌える、ちがう! 燃える! くそったれが! ちくしょうめ!僕は、君がね、こんなに近くにいるのが、耐えられないのだ。あああ、燃えた。僕は、真っ赤だ。見えるかい? 見てくれよ。この、みっともない僕の顔をさ。猿のようだろう? 笑ってくれよ。君が、美しすぎるから、僕はもう、どうにかなりそうだ。君は、頼むから、もっと遠くに、ずっと、遠くに……。とにかく僕から、離れてくれ。ああ、僕は、もう駄目だ。君を、直視できない」
「これは、シャボン玉のときに、作ってもらって、シャボン玉がちょっとね、あの水玉の衣装だったから作ってもらったんだけど、踊りがなんといったって激しくて、もうこのリボンがね何度も取れましたね。取れるたんびに、つけて、つけてもらってとか、してたんですが」
「僕が、つけてやる。そのリボンが取れたら、僕がつけてやる。一生、死ぬまで、僕は梨華ちゃんのそのリボンが外れたら付ける、外れたら付ける、外れたら付ける、そんな仕事を、僕は一生、やってやる。やってみせる。やりぬくよ。僕は、奴隷になるさ。僕は、リボンが外れたら、付ける。それだけのために生きる。君の、その美しい耳たぶに、一生、死ぬまで、ああ! 死ぬまで…!」
「このバラのがね、なんだと思う? セクシーな大人っぽい感じと言えば、ロマンス。ロマンスのときに、これを作ってもらいました」
「バラ。バラにはトゲがある。美しいものには、トゲがあるんだってね。君もそうだね。僕は君に惹かれて、ずいぶん傷ついたよ。もはや、大けがだよ。瀕死だ。死に体なんだよ。君は、僕を殺した。そうだ、僕はすでに死んでいるのかもしれない。はん、キザかね? 笑うのかね? わかっているよ。わかってて言っているんだ。キザだよ。僕は。笑えよ、畜生め。笑えばいいだろうが!」
「こうやってね、自分なりに、オシャレを、してます。そして、まあこれもひとつのわたしの、ファッションの、コレクションとしてあるんですが、もういっこ忘れちゃいけないのが、石川さんのピアスと言えばキショイってね、まあさんざんよく言われてたんですけれども、こちらが、そんなあたしの、ピアス、です」
「キショイだって? キショイって言ったな。今、梨華ちゃん、君は、自分がキショイと言ったな! 馬鹿野郎! ついに言いやがったか、ちくしょうめが。べらぼうめ。君がキショかったら、僕はいったいなんだ? いったいどれだけ、キショイんだ? 畜生。そうやって、嫌味ばかり言うね、君は。僕を、なんだと思っているのだ。どうせ、どうせ、僕は、キショイんだ。ゴキブリだ。僕は、カサカサ、カサカサ、せわしなく動き回って、君の事を観察している、忌まわしくておぞましい、チャバネコキブリなんだ!」
「これもね、まだ、いっぱいあるんですけども、こんな感じ、もうねえ、入りきらないんだよね、いっぱい。こんな感じでしょ、こんな感じでしょ、こんな感じでしょ、うふ、こんな感じでしょ、もうねえ、いっぱいあるんだけど、まあねえ、なんかどれを紹介していいかがわからないんだよねえ」
「だから! 梨華ちゃん、君は、馬鹿じゃないのか。白痴だね、君は。僕が、それを見て、どのような感慨を抱けばいいの? ねえ、教えて。教え諭して。ああ、でも君は、かわいいね。もういいや、君が楽しければ、僕はいいよ。どうせ、僕の言うことはすべて無視するんだろう? いいよ。もういいよ。好きにすればいいさ」
「家で、お風呂上がりに、わたしいっつもストレッチをしてるんですよ。ね。ごくごく。んふー」
「僕もね、筋トレなんかを、していたときもあったよ。ほとんどが3日坊主だったけれどね…。健全な肉体には健全な精神がやどるって言うけれど、だいたい、そうでもないよね。やたら、かっこつけたり、貧弱な人間を馬鹿にする奴のほうが多いよ。ひどい話だ。そんなぐらいなら、僕は、貧弱な人間として生きるよ。そう決めたんだ。僕は、健全な精神を宿したいんだ。君は、あるかい、健全な精神が? そうだ、梨華ちゃん、君は『スポーツ爽やか人間』が好きらしいね。どうやら、僕は脱落したもようだね。僕は爽やかでもないし、スポーツもできないからね。わかったよ。死ぬよ。死ねばいいんだろう? あ、君は、今、レモンシュガー入りの紅茶を飲んだね。かわいいね、君は。とても可愛らしく飲むね。僕は、しょうがないから、酒を呑むよ。いいや、呑ませてくれ。糞! 糞! 糞! 糞! 糞! どうしてだ! ちくしょう! なぜだ! 僕はなぜ、酒ばっかり呑んでいるんだ! ちくしょう! 殺せ! 殺せよ! 畜生!」
「まあ、せっかくだから、ね、せっかくだから、ちょっと、音楽かけて、ストレッチしてみよっか。ごほん、ごほん、んん」
「ああ、梨華ちゃん。僕の目のまえは、すべてかすんで見える。君は、いま、咳をしたね。僕は、君のことが、しんぱいだ。君が、せきをするなら、僕もせきをしよう。ごほん、ごほん。いま僕と君は、おなじだ。シンクロしている。僕は君で、君は僕だ。ああ、目のまえが、かすんで見える」
クレイジー、クレイジー、ボーイ、イェー。クレイジー。イェー。
「これね、ビヨンセさんの、アルバム。を、かけながら、家で、ストレッチをね、ね」
「クレイジーボーイ、それは俺。ビヨンセって、誰だよ! 知らないよ、僕は。なんか、変な歌だね。クレイジー、とか、それはすなわち、日本語訳してみると、気ちがいってことだよ、梨華ちゃん、ねえ、知ってた? ……僕は、もう期待しないよ。わかっているから。君が、僕を、見ていないし、言うことを聞いてもいないってことがわかっているから。気ちがいだよ。僕は、気ちがいだ。ああ、あたまの中が、ぐちゃぐちゃだ。何も、考えたくない。僕に、酒をくれ。畜生、酒を呑ませろ…!」
「前はね、そこまで柔らかくないんだよ。ほら。でもね、けっこうストレッチをしないと、硬くなっちゃうから」
「あらら。ストレッチ、しちゃうのね、僕の前で。それを見せられて、さて、僕はどうしよう。とりあえず、酒でも呑もう。ごくごく、ぷはあー。てやんでい、べらぼうめ。こちとら、江戸っ子でい。あ、違う! くそったれ! なんで僕は、埼玉県人なんだよ! ひどく、中途半端なんだ。故郷は、江戸か、それでなければ、青森とか、津軽とか、そういう田舎であるべきなんだ。格好がつきやしない」
「こうやって、家で、あ、ちょうどね家にもね、これと同じくらいの白いソファーが、あるんですよ。ソファーの上では、やんないけど、今日こうやっておっきい、ソファーがあるから」
「いやん。うれしはずかし、恋せよ乙女。みたいな。僕のうちのソファーと、同じくらいのが、梨華ちゃんのうちにもあるの? なんか、嬉しいね、ほのぼのするね。そしてこの偶然に、何か運命的なものを感じないかい? 梨華ちゃんが、いつか僕の家に嫁にきたら、その白いソファーを持ってきなよ。そうして、僕のこの白いソファーと向かい合わせるんだ。一日中、僕と、梨華ちゃんと、向かい合って、ソファーに座ろう。きっと、楽しいよ。きっと、幸せだよ。僕は、それがいい。それが、僕には幸せだ。君と、ずっと、見つめあってさ」
「こうやってね、こっちに足を持ってきて、こうやって。ん。これ、けっこう、けっこう痛い。ふぅ。こうやってま、ストレッチを、あん、しながら、ちょっと(音量が)おっきいよね」
「じゃあ、僕も、梨華ちゃんと同じように、ストレッチをしてみるよ。こうやって、こっちに足を持ってくるんだね。こうやって。ん。痛い! いた! 痛い! 畜生! 痛いぞ! 痛い! やめろ、やめろ! 畜生、殺す気か! 畜生! 殺せ! 殺せ! いっそ、ひと思いに、殺してくれ!」
「はあー。熱くなってきちゃった」
「僕も、熱くなってきちゃった。おかしな所が。恥ずかしい所が。だって僕は、あえて言わなかったけれど、なんだい、君は、いやらしい声を出して。はんっ、とか、あん、とか、あえぎ声みたいなのを出して。やめてくれないか。君は、僕を誘惑しているのか。やめろ。僕はね、聖人君子になりたいんだよ。高い理想を持って生きている人間なんだ。そのへんの俗物と一緒にしないでくれないか。馬鹿野郎、やっぱり君は、梨華ちゃん、君は、淫乱だよ。接待ゴルフ、さもありなん、だよ。君は、淫乱だ。色情狂だ。君は、男を駄目にする。僕は、君のおかげで、すっかり駄目になったよ」
「で、こうやってね、ちゃんとストレッチを、して、ほら、こうやって、足をひろげて、まあストレッチは大事ですから、まあよく、ダンスレッスンとかあるときに、こうやってちゃんとストレッチをして、ん、こうやってやるんですよ。こうやってテレビ見たり」
「もういい! やめろ! やめてくれ。たのむから。僕は、僕は、もう、駄目だ。不埒な想像で、頭がいっぱいなんだ。そんなに足を広げるのは、やめてくれないか。Y字バランスで、もう充分だろう。もういい、やめてくれ、僕は恥ずかしい。僕は、どうにかなりそうだ」
「趣味っていうか、一時すごいトランスにはまってて、まあ家で、大音量でかけたり、移動中に、うふ、トランスを聴いて、まあ、気分を落ち着かせてたんです、が」
ドンドコドンドン、ドンドコドンドン、ピュピュックピュー。
「これで気分が落ち着くなんて、信じられない! ひどい音楽だ。下劣だ。やめろ。耳が腐りそうだ。ああ、でも、僕は、腐っているから。すでにして、腐っているから。何も言う資格がない。僕は、クラシック音楽が聴きたい。耳が腐ってしまうよ。トランスか。僕は、トランスしている。酒を呑んで、毎日呑んで、トランスし放題だ。トランス、あまり馬鹿にできたものではない。よく考えたら僕は、トランスそのものだ。ああ、トランスを馬鹿にしてごめんよ。これからは、トランスを聴きながらトランスしよう。僕は、もう、アル中だ。あこがれの、アル中だ。退廃だ。デカダンだ。これだ。これこそに、僕はあこがれていたんだ。体が、酒を欲している。そして煙草を欲している。僕は、薬品漬けだ。覚せい剤にも、手を出しそうだ。マジックマッシュルームなんかじゃ、物足りない。覚せい剤だ。僕は、覚せいしたいんだ。僕は、もっとトランス、トランスしたい。君と一緒に、梨華ちゃん、聞いてくれ、答えてくれ、僕は、ひとりなのか、僕は、君といっしょではないのか」
「こんな感じで、うふ、気分がノッてくるわけですよ。これほんとは家ではちょっとたまにね、踊ったりとかするけど、ちょっと独りだと恥ずかしいからやだ」
「ああ! 梨華ちゃん、君は、いま、言ってはいけないことを言った! 君は、独りなのか! 君は、いま、独りだと言ったな! 僕が、目の前にいるのに! 畜生! 僕は、いないのか! 僕は、虚無か! 僕は、誰だ! いるはずだ! 馬鹿野郎! 畜生! 僕は、死んでいるのか、生きているのか。僕は、僕は、梨華ちゃんと、梨華ちゃんと、君と、いっしょに、居るのだと、思っていたのだ」
「うふ、まあ、独りだとっていっても、踊るっていっても、独りで踊ってるわけじゃないけど、たまに柴ちゃんと、トランス聞いたり」
「僕は、何者だ。僕は、どこにいる。僕は、梨華ちゃんと、僕の部屋で、楽しく、会話していると思っていた。でも、君は、僕の言うことを、ことごとく無視する。死ねと、君は、言うのか。僕は、いないほうが、いいと言うのか。だから、無視するのか。君が、主張したいのは、まさにそういうことなのか。じゃあ殺せ。殺してくれ。僕を殺してくれ。梨華ちゃんに、殺されたいんだ。ねえ、梨華ちゃん。僕の声が、聞こえていますか。僕の声が、聞こえていたら、もし、聞こえていたら、梨華ちゃんが、本当に、目の前にいるのならば、僕の頼みを聞いてくれ。僕の、最後の頼みだ。酒は、もう、いらない。気持ちが悪いんだ。吐き気がする。梨華ちゃん、僕は、恥ずかしい。生きていることが、恥ずかしい。僕は、君のことが、好きだ。君のことを、愛しているんだ。だから、お願いだ。僕の、最後の頼みだ。僕を、殺してください。僕を、殺してください。今、すぐに」*1
*1:2025年10月14日、読みやすく整えました。
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