ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋するおじさんの記録

梨華ちゃんも、僕も、みんな幸せに生きていますよ

猫になって見物に来たのかなあ

敷島の大和心を人問はば
朝日に匂ふ山桜花
――本居宣長*1

 今日は早起きして、九段下にある靖国神社に行ってきました。怠惰な自分に活を入れようと思いまして。英霊を前にしたら、リカニーとか自殺とか、そんなふしだらなことは考えられませんからね。

 右翼で、すいません。実は、僕は、極右です。ライト・ウイングです*2。梨華ちゃんを好きなのと同じくらい、天皇のことが好きです。いや、天皇への尊崇は、梨華ちゃんへの思慕とは次元が違う。僕の存在の根源が、天皇にあるというか。天皇がいることで、何とか地に足を付けていられるような、そんな感覚があります。

 勇ましい歌を流している街宣車が、僕の家の前をよく通るのだけれど、そのたびに、血湧き肉踊るような気持ちになります。むりやりPPPHをしてみたりします。て〜んのう! ヲイ! て〜んのう! ヲイ! って超不謹慎! ほんとごめんなさい! ああ、眞子さまと結婚したい…。この際、愛子さまでもいい…。そこでもし、梨華ちゃんが現れたら? 僕はどうする? ごめんなさい…。梨華ちゃんと結婚します…。こんなこと書いて大丈夫かな? 不敬罪?*3

靖国神社の遊就館に展示されている零戦の写真
靖国神社の遊就館にて

 とりあえず、神社に参拝して、遊就館*4に行きました。戦没者の遺影が、壁一面にバーッと貼られてるコーナーがありまして、それを見たら、胸のつまる思いがしました。何百、何千という若者の写真。僕と同じくらいの歳の人も沢山いました。写真の下部には、名前と、どこどこで戦死という文字があります。戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、戦死、、一人一人、理知的だったり、精悍だったり、色々な顔をしていました。一人一人に、沢山の思い出があったのだろう。一人一人が、誰かをどうしようもなく好きになったりしたのだろう。そう思ったら、心が、途方もなく大きなものに押しつぶされるような気持ちになりました。僕は、居たたまれなくなり、逃げるように外に出ました。

 午後5時を回り、辺りはもう薄暗くなっています。僕は一人でベンチに座り、煙草を吸いました。すると僕の目の前に、一匹の白い猫がひょっこり現れました。英霊の生まれ変わりかなあ、と思いました。戦後の日本を、猫になって見物に来たのかなあ。靖国に、戦友に会いに来たのかなあ。猫さん、猫さん、こんにちは。日本は、平和になりました。みんな、毎日、笑顔で生きています。梨華ちゃんも、僕も、みんな幸せに生きていますよ。僕が猫さんに笑いかけると、猫さんも少しだけ、笑ったような気がしました。

夢想するだけでたまらない

 そのあと、文キャン*5の図書館に行って卒論のための勉強。すすまねえええええええええ。無理だって! あと1ヶ月で書けるの? まだ1枚も書いてないけど。梨華ちゃんさえいれば! がんばれるのに! 畜生! なんでいないんだ! 卒論にゆき詰まり、うちひしがれ、とぼとぼと歩く帰り道、色んな女の子とベッドを共にする夢想をした。案外、ミキティとの夢想がよかった。普段あんなにツッパっているのに、夜はこんなにしおらしくて可愛いんだね、っていうありがちな妄想だけど。でもやっぱり梨華ちゃんだよなあ。なんというか、たまらないんだろうなあ。夢想するだけでたまらないんだもの、実際にしたら、まず間違いなく腹上死だろうなあ。しかし結局は、ミキティとも梨華ちゃんともできないわけだが。夢想してもむなしいだけである。死にたい。それで結局、今夜もリカニーするのか? 僕は、馬鹿じゃないのか?

*1:2026年4月13日追記:「もとおり のりなが」と読む。江戸時代の国学者。これは日本人の精神性の本質を和歌で表現したものである。

*2:この頃の僕は、小林よしのり『戦争論』などの影響を強く受けて、右翼思想に傾倒していました。今は違います。

*3:そんな罪はありません。

*4:「ゆうしゅうかん」と読む。戦時中の資料などが展示されている。

*5:早稲田大学の文学部キャンパスのこと。正式名称は「戸山キャンパス」。