ふっち君の日記。

石川梨華ちゃんにガチ恋するおじさんの記録

僕が勝手に梨華ちゃんに恋をして、勝手に泥沼でもがいているだけなのです

時の流れよどうか止まれ!

 僕は大学5年生ですが、今年度は卒業できず、6年生になります。小学6年生ではなく、大学6年生。まだそれは両親に言っていません。彼らは、僕が卒業するものだと思っています。そして卒業式は27日だと思い込んでいます。本当は25日なんだけれど。

 母「卒業式はいつなの?」
 僕「え? えーっとねえ、3月の、二十何日」
 母「二十なな日? 27日? そうなのね?」
 僕「え? 27日? ああ、まあ、そのへんじゃないかなあ」

 という会話があり、我が家では早稲田大学の卒業式は3月27日ということになりました。本当は25日なんだけど。そして先ほど、家の中で父とすれ違ったときに卒業式について問われました。

 「おい、卒業式は27日なんだよな?」と父。
 「え? う〜ん、まあ、そういう噂はあるらしいね」と僕。
 「おいなんだ、噂っていうのは。照れ隠しをするなよ。27日なんだろ? 卒業式、見に行くからな。一回、早稲田に行ってみたいんだ俺は」と父。
 「べつに卒業式の日に来なくたっていいじゃないか。早稲田大学の正門は誰も拒みはしないんだ。常に開かれているんだ。それが早稲田の学風なんだ。好きなときに行けばいいよ」と僕。
 「なにごとにもきっかけというものが必要なんだ。『きっかけは〜卒業式!』だ。どうだおもしろいだろう」と父。
 「『きっかけはフジテレビ』とかけているの? 全然おもしろくないよ。おもしろくないから卒業式に来なくてもいいよ」と僕。
 「照れるな、照れるな。ひっそりと見に行くから。じゃあ、楽しみにしてるから」と父。
 「というか、あのね、実は……」と僕。
 「ん?」と父。
 「りゅ、りゅ、りゅ、りゅうね、リュウマチの具合はどうですか?」と僕。
 「ああ、悪くないよ。しごく調子がいい」と父。
 「それはよかった。素敵だな」と僕。
 「じゃ、仕事に行ってくるから。あんまりアイドルにうつつを抜かすなよ」と父。
 「うつつなんて抜かしていないよ。僕の部屋のポスターは、あれは、単に目の保養のために貼ってあるだけであり、僕はバレンタインデーにだって両手に抱えきれないほどの義理チョコレートをもらったのであり、そして僕の興味は政治と文学とクラシックと世界平和と大和魂および武士道精神だけに向けられているのであり、将来的には、太宰治のように文学の為に死ぬことを志向している者であり…」
 「まあわかった。がんばれよ。じゃあな」と父は言って家を出ました。
 僕は続けました。「でもそんなのはぜんぶ嘘で、建前であって、文学とか政治とかは一切どうでもいいのであって、僕は本当は石川梨華という名前の女の人をこころの底から思慕していて、それだけが僕の全てなのであり、その人のことは愛情と親しみをこめて『梨華ちゃん』と呼んでいるのであり、『デイリーコンサイス独和辞典を買うから、お金ちょうだい』と言ってお父様から頂いたお金でコンサートに行ったこともあるのであり、毎日毎日、その梨華ちゃんという人を想ってリカニーをしているのであり、日々その想いは募るばかりであり、好きすぎて自我が崩壊し、人々から気ちがいあつかいされるに至ったのであり、そのうちシャブか何かに手を出して逮捕されるかもしれないのであり、お父さん、お母さん、親族の皆さまにまでご迷惑をおかけしてしまうかもしれないのであり、そんなことになるのならばいっそ死んでしまったほうがいいんじゃないか、とさえ思ったりもするのであり、そもそも梨華ちゃんのせいで5年で卒業できなかったと言っても過言ではないのであり、いや、やっぱりそれは過言であり、とんでもない言いがかりでありまして、ほんとうは全て僕が悪いのであり、梨華ちゃんはただ、運命的に可愛らしく生まれ、美しく素敵で清楚可憐な女の子に育ち、当然のごとくモーニング娘。4期メンバーに選ばれ、必然的に魅惑的なフェロモンを発散しているだけなのであって、梨華ちゃんには少しも非がないのであり、僕が勝手に恋をしちゃって勝手にどろ沼にはまってもがいているだけなのであり、要するに僕が何もかも悪いのです。ごめんなさい」

 ロッキーちゃん(飼い犬のシーズー犬であり、雄)は、僕の目の前で大きなあくびをしました。そして大きく伸びをします。とても幸せそうです。僕は思いました。「ああ、ロッキーになりたい。ロッキーになりたい。僕と立場をかわってください。どうしようもないんだ。土下座? 土下座? 土下座! おいみんなどうしてそんなに立派にたくましく生きられるのか。生きかたを教えてください。僕は終わった。何も始まっていないのに、始まる前から終わってしまった。梨華ちゃんに現実逃避! 梨華ちゃんに現実逃避! でも梨華ちゃんに逃避しても、梨華ちゃんはあまり効果的には僕を救ってくれず、むしろ、卒業できないことよりも決定的に僕を悲しませる。だって抱きしめてくれないんだ。慰めてくれない。結局は自分で自分を慰めるだけなんだ。まさに自慰をするだけ。どこに逃げても結局、苦しむ。どうしようもないんだ(二度目)。セルフプレジャーのときの快感が永遠に続けばいいのに。もしくは時の流れよどうか止まれ! こわいこわいこわいこわいうわあああああ梨華ちゃああああああああん! 梨華ちゃん。好き♪ 好きやよ♪」と。

まるで倦怠期を乗り越えたカップルのように

石川梨華の3冊目の写真集「I」の表紙
石川梨華写真集「I(アイ)」(撮影 渡辺達夫、ワニブックス、2004年)

 今まで24年と11か月生きてきた中で、もっとも素敵な夢を見ました。他人の夢の話はつまらないってよく言われるけれど、そうとわかっていながら書かずにはいられないくらい、素敵な夢でした。

 それは、梨華ちゃんと2人きりの夢。僕の部屋に梨華ちゃんがいて、スパゲティーをつくってくれました。僕はそれを食べて、「梨華ちゃんは料理がヘタだなあ」なんて言って軽く馬鹿にしました。それに対して梨華ちゃんは、「もう、なによぉ、そんなこと言うんなら、金輪際つくってあげないゾ♪」と、プンプンした感じで答えます。本当には怒っていません。それは愛情のあるプンプンでした。僕と梨華ちゃんはとても自然に会話をしました。まるで何年も交際して倦怠期を乗り越えたカップルのように。夢の中の僕は、その状況に対して疑問を抱くことはありませんでした。どうしてだろう。不思議です。もしかしたら、夢と現実はパラレルに進行しているのかもしれません。夢の中の僕は僕であるけれども僕ではなくて、それはべつの世界に生きる僕であって、そこでの僕は本当に梨華ちゃんと恋人同士で、倦怠期を乗り越えて、軽口を叩き合うような自然な関係を築き上げているのかもしれません。

 そのあと、場面は切り替わります。食事を終えて眠くなったのでしょう、僕はベッドに横になっています。夢の中でベッドに横になるっていうのも変な話だけれど。どんだけ寝るのが好きなんだよって話だけれど。しかし夢と現実がパラレルならば、そんなに変な話ではありません。夢の中の僕はある意味、独立して生きているのだから、ご飯を食べて排便をして睡眠もとっていても、ぜんぜんおかしくありません。現実と夢は、きっと時間も空間もすべて同じレベルで存在しているのです。ただその世界が、現実の世界とは全く異なる場所で進行しているだけなのです。でもどこかで、その世界はつながっていて相互に作用をおよぼしているのです。

 僕はベッドの上で、布団をかけずに横になっていました。そのベッドは壁際に置いてあり、僕は壁のほうを向いて目を閉じています。そうしたら、梨華ちゃんが音もなくやってきて、ベッドに上がり、僕のとなりに横になりました。僕は、梨華ちゃんの息づかいを首筋に感じます。生あたたかい息。梨華ちゃんは何もしゃべりません。無言で僕の背中越しに手を伸ばしてきて、僕の手を握りました。いや、握ったというよりも、手を優しく包み込んだといったほうが近いです。ハムスターなどの壊れやすい小動物を触るときみたいに、繊細にゆっくりと僕の手をなでました。梨華ちゃんは一言もしゃべらず、ただ僕の手をなでてくれています。梨華ちゃんのお手ては、小さくて柔らかくてなめらかで、少し熱を帯びていました。

 そう言えば昨日、現実の世界で駅の階段を下りるとき、僕は前を歩いている女の子の手を見つめていました。梨華ちゃんと同じくらいの年齢で、同じくらいの背丈の女の子。その子の手はすごく小さくてなめらかでした。僕と同じ人間だとはとても信じられないくらいに。梨華ちゃんの手は小さいらしいから、僕はその女の子の手に梨華ちゃんの手を重ねて見ていました。

 それから梨華ちゃんは、おもむろに脚をからませてきます。梨華ちゃんの脚はおどろくほど綺麗でほっそりしていました。そしてなぜか白かったです。そういえば、手も白かった。夢の世界で生きている梨華ちゃんは、色白なのかもしれません。夢の世界では、全てのものごとが理想的な形をとっているのかもしれません。それは梨華ちゃんが色白になりたいと願っているからなのかもしれないし、僕が色白であって欲しいと願っているからなのかもしれない。僕は梨華ちゃんは色黒でも好き、というか色黒だから好きだって思っているのだけれど、僕の手の届かない心の底では、色白であってほしいと願っているのかもしれません。

 梨華ちゃんの小さな手に包まれて、梨華ちゃんの脚と触れ合って、梨華ちゃんの息づかいと胸のふくらみを背中に感じて、僕はこの上なく安心した気持ちになりました。とても幸せだった。ずっとこうしていたいと思いました。しばらくすると、梨華ちゃんの手は子供の頃に僕の手を優しく包んでくれたお母さんの手になりました。そして何の予告も前兆もなしに、その夢はうすらいでいき、消えました。夢の世界でも、永遠というものは存在しないようでした。やはりそこでも時はとどめようもなく流れているみたいでした。僕は目を覚まして、現実の世界に戻ってきたのだけれど、「また夢の世界に行って、梨華ちゃんと一緒にいたい」と思い、再び目を閉じ、眠りました。でも梨華ちゃんは現れませんでした。

 夢の世界も現実の世界も、何がどうなってるのかよくわかりません。何が正しくて、何が間違っているのかもよくわかりません。だけれど、どちらかと言えば僕は夢の世界のほうが好きです。そこに生きているときのほうが、僕は幸せです。だって梨華ちゃんと一緒にいられるんだもの。……ああ、また明日がくる。いや、もう来ている。いやだよう、いやだよう。子供みたいな駄々をこねてごめんなさい。でも僕はこねます。こねこねするし、じたばたします。いやだよう、いやだよう。そうそう、梨華ちゃん、インフルエンザが治って、元気になってよかったね。……はあ、お酒を飲みたい。もう飲んでいるけれど、もっと飲みたい。死ぬまで飲みたい。*1

*1:2026年7月25日、文章を読みやすく整えました。父との会話の場面は、かなり盛っていると思われます。そのほかに関してはほぼ事実です。