
椎名林檎がNHKのサッカー放送のために作詞・作曲した『NIPPON』という曲は、歌詞が右翼的すぎるということで話題になりましたが、僕がCDを購入してじっくり聴いてみたところでは、いわゆる「ガチ恋ソング」にしか聞こえませんでした。そこで今日は『NIPPON』の歌詞を、ガチ恋的に解釈してみようと思います。『』内は歌詞の引用です。
すべての歌詞は歌ネットで見られます。YouTubeでMVを観ることもできます。
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今日は握手会です。男は目を覚まし、すぐにカーテンを開きます。すると『日本晴れ』である。今日は握手会で遠くまでお出かけするわけなので、晴れてよかった! 『万歳!』と喜んでいます。
男は、途中のファミレス(サイゼリヤ等)でオタク仲間と合流し、『乾杯!』と景気づけにお酒を飲んでいます。本当は酒気帯びで握手会に参加してはいけないのですが、息をハーってやるやつで検査されるわけでもないので、一杯ひっかけて行く人はけっこういると思います。そして、握手会やライブなどに参加することは「参戦」と言われています。そのため、戦場に赴くような気持ちで『いざ出陣!』と気合いを入れるのです。
『時代』というのは、巷でよく言われる“アイドル戦国時代”のことを指します。アイドルオタクという分野で、この戦国『時代の風雲児』になりたい、オタクとして大成したいという意気込みが歌われています。主語が『我ら』となっていることから、握手会場の近くのサイゼリヤでオタク仲間と一緒に気合いを入れている様子が窺えます。
『この地球上で いちばん 混じり気の無い気高い青』は、純血主義のことではないかと一部の人たちに怒られていた部分ですが、そういう意味ではありません。アイドルに対する純粋な愛情のことです。『この地球上で いちばん』というのは、根拠はないけれども自分の中ではそう思っているわけです。俺の想いこそが最も大きいのだと。俺こそが一番○○ちゃんを愛しているのだと。誰にも負けないぞと。いわゆるトップオタを目指しているのかもしれません。
『さいはて』というのは、握手会場のことです。推しメンにもっとも近づくことができる場所、それは握手会場であり、それ以上推しメンに近づけないという意味では、そこはアイドルオタクにとっての『さいはて』です。その場所に、自分の想いの全てを持ってきた、というわけです。
『何よりも熱く静かな炎さ』は、他のオタクに対抗心を燃やしている様子です。アイドルオタクは誰しも、自分が一番あの子のことをわかっているし、あの子のことを大事に思っている、と考えたがるものです。推しメンを思うその気持ちは非常に熱いけれども、あまり外にひけらかすことはなく、静かに心の中でたぎらせています。現場であまり目立つことをすると、2ちゃんねるで晒されて叩かれるからです。『青』とは、気持ちを外に出さず、心の内で静かに熱く燃やしている様を言っています。
握手会が始まりました。列に並びながら、心の中で、自分に檄を飛ばしています。活を入れています。周りにはすでに握手を終えたオタクもちらほら。「どう? 結果出た?」と尋ねられ、「ぜんぜんだめ。塩対応だったよ」と落ち込んでいるオタクもいれば、「めっちゃ上手く行ったよ!」と喜び、「お前、そりゃよかったなあ! さすがお強いですね!」と『気忙しく祝福』されているオタクもいます。
ライブや握手会などの『ハレ』の場(非日常)と、会社や学校や自宅などの『ケ』の場(日常)とを、オタクは往来して生きています。ライブ会場に熱心に通ってアイドルに存在をアピールしたり、握手会にも行って名前を憶えてもらったり推しメンを笑わせたりします。それらのことにより、アイドルからの認知や評価が高まり、トップオタへと近づいていきます。『蓄えた財産』とは、アイドルからの認知や評価、好感度のことです。「それはお金を意味する。大枚をはたいて握手券を大量購入し、何十分もの握手時間を手に入れることだ」という見方もできますが、それは二義的なものだと思います。このオタクは、今まで築き上げてきた推しメンからの好感度や信頼を活かして、何か重大な告白をするつもりのようです。
推しメンと握手する直前のオタクは、極度の緊張状態におちいり、情緒不安定になることが多いです。逃げ出したくなるときもありますが、精神がポジティブなほうへ振れると、何も恐れるものはないような無敵の気分が充満してくる場合があります。『爽快な気分だれも奪えないよ』は、そういう状態のことを言っています。
『広大な宇宙』とは、インターネットのことです。握手会のレポートをツイッターに上げれば、瞬く間に全世界に広がっていきます。この男は、推しメンとの握手を目前にし、ややロマンチックになりすぎているため、『宇宙』という大げさな単語を持ち出してしまっています。オタクはしばしばこういう大げさなことを言い放ちます。「これからもずーっと応援するからね!」や、「一生○○ちゃんだけだよ!」と言っておきながら、若くて可愛い新人が出てきたらすぐ推し変する、というケースはわりとよく見受けられます。
推しメンへの何か重大な告白の結果は、『生命が裸になる場所』で待ち受けています。握手会には、何も持って行くことができません。地位も名誉も金も関係ありません。裸一貫、心でしか勝負ができない。なにしろたった数秒しか時間がないのだから。どんな有名人が握手会に行っても、特別あつかいはありません。内閣総理大臣が行っても7秒くらいで係の者にブースから押し出されます。握手会とは、そういう容赦ない世界です。ある意味、世界で一番平等な空間なのかもしれません。ただ、女性と子供には男より若干多めの時間が与えられる傾向があります。
『ほんのつい先考えて居たことがもう古くて 少しも抑えて居らんないの』は、ヲタが握手会の列に並び、推しメンがだんだん近づいてくる時の心の状態です。前もって考えていた伝えるべき言葉が、長い列に並んでるうちにどんどん古くなり、新しい思いに更新されていく様子が情熱的に描写されています。
いよいよ、推しメンが目の前に迫ってきています。そうなると、それまで推しメンに伝えようと考えていた言葉が、まっさらな空白に取って代わられてしまうことがあります。頭が真っ白で、何を言ったらいいかわからない。しかし次は自分の番だ。もはや、その場で出て来た言葉に想いをたくすしかない。そのとき、世界で一番大好きな人と握手している今、自然に胸の内から出てきた言葉こそが、本当のものであり、それは前もって用意していたどんな言葉よりも新しいのです。それは、現在という時をすら追い越してしまうほど勢いのある言葉となるはずです。
『また不意に接近している淡い死の匂い』は、握手会で推しメンに想いを伝えようとするが、流しが早かったり、言葉がうまく出てこなかったりして何も伝えられなかったときの絶望の予感を表現しています。そんな絶望の予感を抱きながらオタクがアイドルと握手をする時、その瞬間は『鮮明に映えている』のです。
推しメンという名の、世界でいちばん好きな人と握手しているその瞬間は、オタクの心に深く刻み込まれます。それはアイドルオタクにとってかけがえのない瞬間であり、『さいはて』の地で見た『至上の絶景』です。そのオタクの人生はまさに最高潮に達しています。今ここで死んでしまっても何の悔いもないほどです。なにしろ、世界でいちばん好きな人と触れ合い、見つめ合い、言葉を交わしているのですから。これ以上の幸福はもはやない、死んでもいい、と思ってしまってもおかしくありません。
決意を込めて語った重大な告白に、アイドルが耳を傾けてくれて、良好な反応が得られたのでしょう。男は自分のオタク道に『追い風が吹いている』ように感じています。しかし、相手の言った言葉が本心なのかどうかはわかりません。思わせぶりなことを言って釣ってきてるのかもしれません。そう考えて男は疑心暗鬼におちいります。けれども今はそういうネガティブなことは考えたくない。現実は直視したくない。今はただ、もっと好意的な言葉が推しメンから聞きたい。嘘でもいいから、好きだと言ってほしい。その切なる思いを胸に抱いて、また握手会の列の最後尾に向かいます。
握手会の列に再びならんだ男は、また1周目と同じような気持ちを抱いています。『混じり気の無い』純粋な愛情を心の奥で静かに燃やしています。どんなに好意的なことを言ってくれても、どんなに有名なオタクになっても、推しメンは自分をただのファンとしてしか見てくれないし、推しメンへの恋はおそらく実らないだろう。一緒に飲みに行ったりはできないだろう。そうわかってはいても、その男は握手会の列に並んでしまうし、並ぶことしかできません。結婚したいくらい好きだけれど、それしか選択肢がないのです。男は、今から野球のマー君みたいにはなれない、これといった才能のないただのおじさんなのです。そして、どこにも届かないかもしれない熱い恋心を、握手会の長い列に並びながら『青く』静かに燃やし続けます。その青い炎がやがて、自分自身をも音もなく燃やし尽くしてはくれないかと、心のどこかで期待しながら。