最後の曲、美勇伝の『恋する♡エンジェル♡ハート』を歌い終えた梨華ちゃんは、笑顔で手を振りながら舞台袖に消えていきました。僕は梨華ちゃんの姿が見えなくなるまで、ずっと微笑を浮かべて梨華ちゃんの目を見つめ、手をひらひらと振っていました。僕はよく、「ふちりんの手の振り方は優雅で、皇族の人みたいだね」と言われます。自分ではそんなつもりはぜんぜんないんだけど。普通の人と同じように手を振っているつもりなんだけど。それに僕は自動販売機のおつり口に手を突っ込みながら歩くような子供でした。高貴という形容詞からはほど遠い生活を送ってきました。そんな僕になぜそのような優雅さがあるのかは謎です。
最前列の人から順番に会場を出るようスタッフの人に促され、2列目の席にいた僕はわりとすぐに外へ向かって歩き出しました。8階のエレベーターの手前あたりで、別のスタッフが待ちかまえており、小さな写真を手渡されました。名刺ほどのサイズのそれは、着物を着ている梨華ちゃんの写真でした。ちょこんと正座して楽しそうな笑顔を浮かべ、ダブルピースをしています。「今年40歳でダブル成人式だから、着物を着ることにしたの」と梨華ちゃんは言っていました。「なんてチャーミングな40歳なんだ!」と心の中で感嘆しながら、その小さな写真を財布の中にしまい、他の6人くらいの梨華ちゃんヲタと一緒にエレベーターに乗り込み、1階へと降りていきました。
僕には梨華ちゃんヲタの友人が一人もいない(こんな破廉恥な日記を書いていたらいなくて当然である)ので、まっすぐに渋谷駅へと向かいました。「今日この会場に来ていた梨華ちゃんヲタの多くは、昔馴染みの友人たちと一緒に、この辺りの居酒屋で打ち上げ(兼 新年会)をするんだろうなあ」と思うと、寂しいような気もしたし、人間関係の煩わしさが無いのも悪くはないような気もしました。
渋谷駅へ向かう道路沿いを歩いていると、「見て! 犬が運転席に立ってる!」という女学生らしき声が聞こえました。それから「 あはは。それより、さっきのベンツ…」という年配の女性の声が聞こえました。「ベンツなんかより、運転席に立っている犬のほうが重要だろう!」と思いながら、僕はキョロキョロと犬を探したけど、車の窓から首を引っ込めてしまったのか、犬の姿は見えませんでした。その車はベンツではなさそうだったので、年配の女性が言う「ベンツ」は違う車両のようでした。「会話の感じからして、2人は母親とその娘だろうな」と思いました。「お母さんはもっと犬に興味を持ってほしいし、犬の話をする娘さんにはもっと興味を持ってほしい」とも思いました。
人びとのごった返す歩道をとぼとぼ歩いていると、梨華ちゃんが歌っていた美勇伝の『恋する♡エンジェル♡ハート』(作詞・作曲 つんく)が頭の中で繰り返し再生されました。もちろんさっきの映像付きで。僕は梨華ちゃんの歌声に合わせて、心の声で歌いました。「恋する エンジェル ハート 不器用でも 素直な言葉を伝えたい 恋する エンジェル ハート 溢れてくる この愛情を たった今この場で 叫んで みんなに自慢したい」と。でも僕は実際に叫ぶことはしませんでした。たった今この場で、渋谷のど真ん中で、「僕は梨華ちゃんが大好きなんです!」と叫んで自慢してみたところで、みんなに気ちがいを見るような目を向けられるだけだから。気ちがい扱いされることには慣れているけど、慣れているからと言って少しも心が傷つかないわけではありません。
僕は『恋する♡エンジェル♡ハート』を心の中で歌いながら、以前YouTubeにこの曲の歌ってみた動画を投稿したことを思い出しました。梨華ちゃんを想いながら歌ったら、思いのほか熱唱してしまいました。もしお気が向いたらご視聴ください。チャンネル登録と高評価ボタンも押して頂けると欣喜雀躍します。最近は月に1〜2回、Vlogをアップしているので、よろしくお願いします。
渋谷駅で、大宮へ向かう電車に乗ろうとホームに立っていたら、やってきた電車(高崎線だったかな?)は15両編成ではなく10両編成だったため、目の前を通り過ぎてだいぶ向こうのほうに停車し、僕はあわてて駆け出しました。それは僕だけじゃなくて、5〜6人が一斉に僕と同じように走っていたので、何だか笑いそうになりました。
僕は滑り込むようにして最後尾の車両に乗り、ほっと胸をなで下ろすと、電車の中でスマホのメモ帳を開きました。はてなブログに日記を書くために、今日の出来事を箇条書きでメモしていたら、あっという間に大宮駅に到着しました。このまま帰るのも味気ないので、僕は立ち飲み日高に行って、一人でささやかな打ち上げをすることにしました。

東口の階段を降り、立ち飲み日高に向かって“すずらん通り”を歩いていたら、どこからかシャ乱Qの『上・京・物・語』が聞こえてきたので、何か運命的なものを感じました。

僕は縦に細長い店の真ん中らへんに立ち、生ビールをちびちびと飲みながら、イベント後にスタッフから手渡された小さな写真を見つめます。何気なく裏返すと、そこには梨華ちゃんの後ろ姿が写っていました。「アップフロントのやることにしてはずいぶん凝っているなあ! 梨華ちゃん! 後ろ姿も世界で一番かわいいよ!」と思いました。

グッズ売り場で購入した2L生写真4枚セットをカバンから取り出して見てみると、そこには梨華ちゃんの姿がより大きく鮮明に写っていたので、
梨華ちゃんハァ━━━(*´Д`)━━━ン!!!
という顔文字と叫びが、まるでニコニコ動画のコメントのように心の中を流れて行きました。

僕はその高ぶった気持ちのまま、生ビールを一気に飲み干しそうになったけれど、思いとどまって少しだけ口に含みました。なんとなれば、不整脈が出るのが恐ろしかったからです。最近、摂取したアルコールの量に比例して不整脈が出るのです。

不整脈と言えば、このところフジテレビを見ていると、なかやまきんに君が検脈を促してくるCMがしばしば流れます。僕は梨華ちゃんに似て生真面目なので(オタクは推しメンに似ると申します)、CMできんに君に検脈を促されるたびに、左手首に指先を当てて脈を確かめています。今のところ、そのときに脈が乱れていたことはありません。「不整脈が出ないというのは、それだけでとても幸せなことだ」と最近つくづく思います。他のことがどれだけ充実していても、好きな女性に愛され、富や名声や自由があっても、不整脈がたびたび起きていたら、いちじるしく不幸だと個人的には思います。

僕が飲酒に関して医師に言われているのは「1日2杯まで」ということだけど、心臓のあたりに不整脈の気配が色濃く漂っていたので、生ビール1杯だけでお会計をしました。合計で税込880円。食べたのは、焼き鳥の“ぼんじり”の塩2本、もつ煮込み1杯で、安い上にとても美味でした。
帰宅して自室に入り、ダッフルコートを脱ぐと、僕はベッドにゆらりと腰を下ろし、「はあ…。梨華ちゃん可愛かったなあ。今までで一番、可愛かったなあ」と誰にともなく言い、枕元に置いてある梨華ちゃんの写真集を手に取り、ひしと抱きしめ、「梨華ちゃん、好きだよ…」とつぶやきました。そしてサンボマスターの『I Love You』を歌いたい気持ちになり、今日買った梨華ちゃんの2L生写真を見つめながら、泣きそうになるような想いで静かに歌いました。

